石川さゆり 実力派・演歌の女王/演歌歌手専門ブログ

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石川さゆり(いしかわ・さゆり)


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本名:石川絹代

石川さゆりさんは、皆さんご存知ですよね(笑
1958年1月30日、熊本県熊本市(旧・飽託郡飽田町)の生まれで、
言わずと知れたベテラン演歌歌手です。

堀越高校を卒業しています。

デビューは1973年。
デビュー曲は、「かくれんぼ」というタイトルでした。
そのルックスから容易に想像出来るように、当初はアイドル的な売り出し
でした。しかし、花の中三トリオらの活躍が目立ってしまった事で
今ひとつパッとせず、それほどの人気は出なかったようです。

ところがこの状況が、1977年に一変してしまいます。

「津軽海峡冬景色」「能登半島」と立て続けの本格演歌が大ヒットを記録、
晴れて日本を代表する演歌歌手の仲間入りを果たしました。

演歌歌手としての活動も順調な中、1981年には元マネージャーの馬場憲治氏
と結婚、1984年2月に長女を出産しました。(※1989年2月に離婚)

最初に所属していたホリプロを独立後は、石川さゆりの個人事務所
「さゆり音楽舎」を設立。レコード会社はテイチクエンタテインメントに
現在は所属しています。

石川さゆりさんの場合、紅白歌合戦には1977年・第28回の紅白に於いて、
「津軽海峡・冬景色」の大ヒットを背景に初出場を果たしていますが、
デビューから4年が経過していました。

1983年には、産休のために同年末の紅白は出場を辞退。
その後、翌1984年には再び復帰出場を果たし、2005年の第56回までは
22回=22年間、連続して出場しています。
通算での出場回数は28回を数え、紅組歌手の中では島倉千代子・都はるみ・
和田アキ子に次いで四番目という出場回数を誇っています。
既に2006年末の紅白にも出場を決めている、石川さゆりさん。
無事に当日を迎えると、通算29回の出場という事になりますね。

白組のベテラン演歌歌手の五木ひろしさんと同じく、1985年から以降は
実力派がひしめく最終コーナーの常連を務める事も多く、トリの回数も
4回と、その人気と実力は誰もが認めるところでしょう。

代表作には、津軽海峡冬景色(日本レコード大賞歌唱賞受賞、1977年)や、
天城越え(日本レコード大賞金賞受賞、1986年) 、夫婦善哉(日本レコード
大賞金賞受賞、1987年) などがあります。

井沢八郎 「ああ上野駅」に刻まれた思い/演歌歌手専門ブログ

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井沢八郎(いざわ・はちろう)


井沢八郎ベストセレクション全16曲


本名:工藤金一

伸びやかで個性的なハイトーンで人気の演歌歌手・井沢八郎さん。

1937年3月18日生まれ、青森県弘前市の出身。
女優の工藤夕貴さん、元俳優でクラブDJの工藤正貴さんは実子なんですね。
現尊の奥さんは、声優の青羽美代子さんです。

弘前時代には、中学生にしてその歌唱力を評価されていたほどで、
中学を卒業すると演歌歌手を目指しての上京を決意。
1963年に「男船」で演歌歌手・井沢八郎としてデビューを果たします。

シングル第二弾となった「ああ上野駅」という曲は、井沢八郎の代表曲
であると共に、戦後の世相までをも反映する代表曲となりました。

東北地方からの、田舎を離れて都会で暮らす“集団就職者”たちの
愛唱歌としてもその名を知られるこの「ああ上野駅」という曲は、
1964年にリリースされるや、爆発的なヒットを飛ばしました。
単に演歌という範疇のみならず、戦後日本史に残る名曲の一つとして
名前を挙げられる事も多く、2003年には上野駅の駅前に「ああ上野駅」の
歌碑が完成。多くの人の思いと共に、永くこの歌が刻まれることに。

現尊もショーやテレビ番組などで活躍している井沢八郎さんですが、
やっぱり本業は演歌歌手です。「ああ上野駅」ばかりでなく、他にも
「男傘」「北海の満月」などといったヒット曲が人気です。

浅田あつこ きっかけは吉本興業!?/演歌歌手専門ブログ

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浅田あつこ(あさだ・あつこ)


浅田あつこ/風花岬


本名:浅田敦子

1972年1月24日、大阪府で産声を上げた浅田あつこさん。
カラオケ喫茶を経営している父親と、演歌をよく唄っていた姉の影響で
歌心に目覚め、真剣に演歌歌手を目指して努力を続けます。

数々のカラオケ大会で優勝するなど、演歌歌手浅田あつこの実力を発揮。
大先輩の細川たかしさんが司会を務める大会でも優勝した経験があるとか。

その後、場所柄でしょうか(笑
吉本興業からの司会などの仕事をこなすうちに、チャンスが訪れます。
なんば花月で歌っているところを認められ、デビューが決定。

1994年10月、浅田あつこ第一弾シングル「想い花」を発売。
念願の演歌歌手として、デビューしました。

現在は大阪を拠点に、“愛される歌を歌い続けたい”と瞳を輝かせ、
その歌心を全国へ向けながら、一流の演歌歌手を目指して頑張っています。

あさみちゆき 公園の歌姫/演歌歌手専門ブログ

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あさみちゆき(あさみ・ちゆき)


あさみちゆき 青春のたまり場|蓮華草(れんげそう)〜おれとあたし〜


本名:山本陽子

山口県光市出身の、“公園の歌姫”あさみちゆきさん。

1978年1月11日生まれの彼女は、ちあきなおみさんが好きだそうですが、
BS勝ち抜き歌謡選手権・福山大会チャンピオンに輝くなど、
アマチュア時代から歌唱力には定評がありました。

1996年、高校を卒業後にプロの歌手を目指して上京。
その後、幼い頃よりの憧れであった演歌歌手になるべく再スタート、
井の頭公園において、ラジカセ一つ、マイク一本で歌い始めたところ、
現在のレコード会社テイチクのスカウトの目に止まります。

デビューまでも、ストリートライブを行うなど精力的に活動。

2003年4月23日、シングル「紙ふうせん」でデビュー。
演歌歌手あさみちゆきの誕生です。

現在まで、あさみちゆきとして、アルバム2枚・シングル5枚をリリース。
最新シングルは、2006年9月27日に発売した「青春のたまり場」です。

「あさみち・ゆき」ではなく、「あさみ・ちゆき」なんですね〜。
間違えないようにしましょう(笑

渥美二郎 流しの歌手出身の演歌歌手/演歌歌手専門ブログ

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渥美二郎(あつみ・じろう)


《送料無料》渥美二郎/渥美二郎全曲集 夢落葉(CD)


本名:渥美二郎

1952年8月15日に東京都足立区に生まれた渥美二郎さん。
演歌歌手としては「夢追い酒」で知られています。

メジャーデビュー前から、流しの演歌歌手として活躍、
1976年にようやく「可愛いおまえ」(ソニーレコード)を発売し、
メジャーデビューを果たします。

2年後の1978年には「夢追い酒」が約250万枚を売り上げる大ヒット。
紅白歌合戦にも出場するなど、一流演歌歌手の仲間入りをしました。

メジャーデビュー以来、渥美二郎さんの所属レコード会社は一貫して
ソニーミュージックエンタテインメントでしたが、2001年にコロムビア
ミュージックエンタテインメントへと移籍
しています。

青江三奈 クラブ歌手からミリオン3枚のメジャー歌手へ/演歌歌手専門ブログ

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青江三奈(あおえ・みな)


青江三奈 ベスト&ベスト


本名:井原静子

プロフィールでは、1945年(昭和20年)7月7日生まれになっています。
青江三奈さんは、東京都出身の演歌歌手です。

「プロフィールでは」というのは、本名である井原静子の生年月日が
1941年5月7日となっているためです。“芸能人年齢”、というやつですね。

芸名の青江三奈は、川内康範が「週刊現代」誌上で連載していた
小説『恍惚』のヒロインの名前に由来しているそうです。
ちなみに、この小説の主人公も歌手でした。

青江三奈さんは、高校在学時から東京・銀座の「銀巴里」でステージを経験。
成徳学園高校(現:東京成徳大学高等学校)を卒業後にクラブ歌手となり、
1966年(昭和41年)に「恍惚のブルース」を発売してメジャーデビュー。

以後、
1968年(昭和43年)「伊勢佐木町ブルース」、「長崎ブルース」
1969年(昭和44年)「池袋の夜」
これらの楽曲がいずれも大ヒット
演歌歌手として揺るぎない地位を築き上げました。

NHKの紅白歌合戦には、1966年、デビューした年に初出場を達成。
その後は、平成の1990年(平成2年)までの合計18回、出場しています。

デビュー曲「恍惚のブルース」が80万枚、
二番目のシングル「伊勢佐木町ブルース」は100万枚、
更には日本レコード大賞歌唱賞を受賞するなど、人気と実力を
兼ね備えた演歌歌手でした。

しかし、2000年(平成12年)の7月2日、すい臓がんのために
青江三奈さんは他界。帰らぬ人となってしまいました。
プロフィール上は54歳、実年齢でも59歳と早過ぎる死に
多くの青江三奈ファンが涙しました。