氷川きよし、初登場一位達成 オリコンチャート主な1位獲得作品 2000年〜2006年/演歌歌手専門ブログ

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『浪花いろは節』関ジャニ∞
個人的には・・・演歌ではないのではないか、と(笑
でもまあ、一応、平成初の演歌一位曲という事ですし、掲載しました。
何だか企画物っぽいですし、演歌の良さは出ていないと思うんですけどね。
ファンの子にも、何だか同情を禁じ得ない作品のような(汗
(2004年10月4日付の1週)

○『初恋列車』氷川きよし
演歌界の期待の星、と称しても異論を唱える方は少ないのでは?
氷川きよしさんの、自身初の初登場一位曲にして、
演歌では平成初の快挙=初登場一位を成し遂げた曲でもあります。
同名のアルバムも記録的なセールスで、オリコン史上初の
演歌アルバム初登場TOP3入りを記録しました。
(2005年2月21日付の1週)

『あじさい橋』アイドル界から演歌が オリコンチャート主な1位獲得作品 1980年代/演歌歌手専門ブログ

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○『矢切の渡し』細川たかし
この代表曲によって、細川たかしさんも暮れの紅白はトリを務めています。
ちなみにこれはカバー曲で、原曲は1976年発売のちあきなおみさんが
歌っています。
(1983年4月18日付〜5月2日付の3週)

○『あじさい橋』城之内早苗
アイドルグループ「おニャン子クラブ」に在籍していた城之内さん。
異色とも言える、演歌『あじさい橋』でソロデビュー、
当時のおニャン子人気の影響もあり、『あじさい橋』は何と演歌史上初、
初登場で一位という偉業を達成しました。
(1986年6月23日付の1週)

○『雪國』吉幾三
実はこの曲、発売は1986年。つまり、発売後ほぼ一年を経ての
オリコンチャート第一位の獲得という快挙を成し遂げた曲なんですね。
当時は「ザ・ベストテン」など音楽番組でも息長くチャートインしていました。
(1987年2月9日付の1週)

○『北の旅人』石原裕次郎
この年の前月、裕ちゃん、こと石原裕次郎さんは他界されています。
追悼シングルという事もあってか、故人を悼むように一位を記録。
まだまだ歌い続けて欲しかった、という声もいまだに聞かれる方ですね。
(1987年8月24日付の1週)

『おもいで酒』がダブル・ミリオンを記録 オリコンチャート主な1位獲得作品 1970年代後半/演歌歌手専門ブログ

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○『昭和枯れすゝき』さくらと一郎
TBS系のドラマ「時間ですよ昭和元年」の主題歌としてリリース。
大ヒットにして、このデュエットの代表曲ですね。
(1975年4月28日付〜5月12日付の3週)

○『心のこり』細川たかし
このデビュー曲のヒットにより、細川たかしさんも紅白歌合戦に初出場。
初出場時には、白組のトップバッターを務めています。
(1975年7月28日付〜8月18日付の4週)

○『北の宿から』都はるみ
数多くのヒット曲を持つ彼女はこの年、日本レコード大賞を受賞。
前年に続き紅白でもこの曲を歌い、初のトリを務めました。
(1976年12月6日、12月20日付〜1977年1月10日付の4週)

○『おもいで酒』小林幸子
天才少女演歌歌手としてデビューするも、不遇の時代を経験した彼女。
しかし、ついに『おもいで酒』の大ヒットによって一流歌手の地位に。
デビューから約15年を経て、念願の紅白にも初出場を果たしました。
(1979年7月23日付の1週)

小柳ルミ子・アイドル演歌歌手から本格派へ オリコンチャート主な1位獲得作品 1972年〜74年/演歌歌手専門ブログ

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『瀬戸の花嫁』小柳ルミ子
アイドル的な演歌歌手でしたが、その歌唱力でヒットを連発。
小柳ルミ子にとって二度目のチャート一位獲得作品となります。
JR瀬戸大橋線・宇野線(主にJR西日本岡山駅の瀬戸大橋線発着ホーム)・
JR四国(主に高松駅、坂出駅、宇多津駅、多度津駅、松山駅など)の
駅構内メロディーとして、使われているそうです。
(1972年5月15日付〜6月5日付の4週)

○『京のにわか雨』小柳ルミ子
続くこの作品も、61万枚の大ヒットとなりました。
(1972年9月11日付〜9月25日付、10月9日付〜10月16日付の5週)

『女のみち』宮史郎とぴんからトリオ
1972年、ぴんからトリオの結成10周年記念として、彼らの持ち歌である
この曲を自主制作によって300枚をプレス。しかし、これが有線放送によって
大反響を得た事で、所属していた第一プロダクションの協力もあって
日本コロムビアより晴れてレコードデビュー。爆発的にヒットしました。
(1972年10月30日付〜1973年2月12日付の16週)

『なみだの操』殿さまキングス
1974年度オリコン年間シングルチャート一位の大ヒットを記録。
余談ですが、漫画「ちびまる子ちゃん」では、主人公・まる子が祖父の
友蔵からこのレコードを買ってもらい、喜びながら学校でもこの曲を
モノマネして歌うシーンや、まる子の父・ヒロシが間違った歌詞を風呂で
歌うシーンがあります(笑。
(1974年3月18日付〜5月13日付の9週)

○『夫婦鏡』殿さまキングス
(1974年7月15日付〜8月5日付の4週)

○『冬の駅』小柳ルミ子
アイドルという枠を超え、本格派の歌手として踏み出そうとした時期の曲。
定評のある歌唱力で、しっかりとヒット作を物にしています。
(1974年11月18日付、12月9日付の2週)

○『あなたにあげる』西川峰子
若干16歳にして、この大ヒットにより一流歌手に名を連ねました。
(1974年12月16日付の1週)

藤圭子が大活躍 オリコンチャート主な1位獲得作品 1970年〜71年/演歌歌手専門ブログ

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『女のブルース』藤圭子
前年のデビューから、わずか1年でチャート一位を達成。
(1970年3月30日付〜5月18日付の8週)

『圭子の夢は夜ひらく』藤圭子
園まりの『夢は夜ひらく』のカバー。
この大ヒット曲で藤圭子さんは日本レコード大賞大衆賞を受賞し、
紅白歌合戦(NHK)にも初出場する事になりました。
(1970年5月25日付〜7月27日付の10週)

○『京都の恋』渚ゆう子
何と原題は"Kyoto Doll"という、エレキ・バンド「ベンチャーズ」の曲です。
(1970年11月9日付〜12月28日付の8週)

○『望郷』森進一
(1971年1月25日付〜2月8日付の3週)

『よこはま・たそがれ』五木ひろし
「松山まさる」から芸名を「五木ひろし」に変更しての再デビュー曲。
発売1週間後には、北海道の有線放送チャートでトップとなるなどして、
半年後には100万枚を突破する売り上げを記録。瞬く間の大ヒットでした。
同曲によって第13回日本レコード大賞歌唱賞を受賞しただけでなく、
念願のNHK紅白歌合戦にも初出場を果たしました。
(1971年7月19日付の1週)

○『わたしの城下町』小柳ルミ子
作曲家・平尾昌晃のプロデュースしたデビュー曲。
いきなりの大ヒットで、年間売り上げでも一位を記録しました。(134万枚)
(1971年7月26日付〜10月11日付の12週)

『星影のワルツ』などオリコンチャート主な1位獲得作品 1960年代/演歌歌手専門ブログ

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星影のワルツ千昌夫
元々は、1966年3月にシングルレコードのB面として発売されたもの。
しかし、1967年の秋頃から有線放送でリクエストが急増したため、
これに気を良くしたレコード会社が星影のワルツをA面扱いに変更して
再発売に踏み切ったところ、何と250万枚の売上を記録となりました。
(1968年6月3日付〜7月1日付、8月17日付の6週)

『港町ブルース』森進一
同曲は雑誌「平凡」で募集していた歌詞をもとに作られたもので、
この曲の大ヒットにより、森進一さんは名実共に一流歌手として
その名を刻み込む事に成功しました。
(1969年6月9日付〜7月7日付の5週)

『池袋の夜』青江三奈
150万枚もの売り上げを記録したこの曲で、
青江三奈さんは日本レコード大賞歌唱賞を受賞しています。
(1969年9月8日付〜10月13日付の6週)